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平成20年度

2月22日(日) 正眼短期大学東京セミナー
■講 師: 嶋野 栄道老師 (大菩薩禅堂金剛寺師家)
■講 師: 山川 宗玄 (正眼短期大学学長)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「歎異抄・聖書にみる禅のいのち」
「菩薩願行分講話」

-------アンケート 嶋野栄道老師 『歎異抄・聖書にみる禅のいのち』
・私も最近になって聖書と仏教で書かれていることが似ている。同じだと思っていました。他に私自身の思っているところがあり、自信がなかったものの、その考えで良かったと分かり安心しました。ありがとうございました。
・心のこもったご講演を有難うございました。只管打坐という言葉を耳にしたことがあります。本日はその言葉は出ませんでしたが、お話はそれに通ずるところがあると思いました。私は富士山の頂上に登れば、道(仏教もキリスト教も)を求める者は共通の喜び、光を得るのではないでしょうか。そのような感じをうけました。
・悶々と思っていたことが明るく感じられ確信に変わってきました。仏心にもどるべき今後、聞いて生きたいと思います。
・“なりきること”その大切さがわかりました。集中する。内に求めることが必要だと感じました。諸行無常=すべてはうつり変わる。頭で考えない腹で考える。足元で考える。実践していきたいと思っています。
・深く私の心にもひびき、宗派を問わず信仰は一つと思っていましたが、全ての原点が講演を通しまして一段とステップアップしました。是非又講演をお願い致します。
・非常に興味深いお話でした。歎異抄は少しなじんでおりましたが、聖書や禅と一緒に聞く事が出来て非常に楽しい一日でした。
・どのお話も「お〜・・」と、うなるお話でしたが、最後の「エリ エリ レマ サバクタニ!」は「衝撃」でした。また是非お話を伺いたいと思いました。
・意味がわかる事と、般若心経がわかることは違う。まともな人は頭で考えない。腹で考える。つま先で考える。ということに気付かせていただきました。自力他力は言うこと別けること自体ナンセンスと思いました。妄想、錯覚より離れるようにしなければならない。
・中川宗淵老師が外国人居士に直指した「My God, my God, why hast Thou forsaken me?」の話は大変感動した。私も盛永宗興老師に無字で苦労したので、何を云わんとしたかよくわかる。是は無字で苦労した者ならわかる底のものだ。釈尊の「拈華微笑」を思わせるような嶋野老師の講話のしめくくりは見事なものだ。今日は浅草から来た甲斐がありました。
・禅も真宗も、キリスト教もその根源は同じであるのだとの話。特に中川宗淵老師の話は感動しました。ひたすら坐禅に励めたらと思いました。有難うございました。
・仏教においてもキリスト教においても、自我や欲を捨て祈る。真の道をひたすら信じて歩む、ということが大切であると思いました。人間のあり方を教えられたような気がします。
・老師のお話をうかがい、心が洗われる思いがいたしました。目先の現象に右往左往しておりましたが、心が落ち着きました。浄土真宗、禅宗、キリスト教・・・と観念的に分類して、知識として身につけていた私ですが、これからはこだわりやかたよりの心を捨て、ひたすら信じることの大切さに価値を見出すことが出来ました。
・聖書についてもですが、歎異抄のどこに禅との共通性があるとご了解されているのか、お聞きしたかった。生老病死を説くべきではないでしょうか。
・最後の師匠のキリストの叫びに思わず涙が出ました。よくわかりましたというより、とても感動しました。
・仏教と一神教との違いについて学ぶことが出来たかと思います。
・大変熱心なお話でした。外国人と日本人の仏教に対する考えの違い、例えば生と死の問題など思い知らされました。ニューヨークに長くお住みだそうで、英語を交えたお話、意味としては英語の方が解り易い言葉もあることを教えて頂きました。
・とてもわかりやすかった。本で得られない感動をいただきました。仏教、禅に敷居の高さを感じていた人も、受け入れられる説得力を感じました。
・まだ仏法にふれはじめたところで、全て私にとって新鮮なのですが、臨済録の示衆「病は不自信の処に在り」という言葉が胸に響きました。


-------アンケート 山川宗玄老師  『菩薩願行分講話』
・一所に命をかける大切さを教えていただきました。大きな命を残すために、自分の命があるという言葉にも感動しました。
・山川老師様は聖フランシスさんか明恵上人のようでいらっしゃいますね。輪廻転生を禅宗でもお教えになるのですね。業はその人の来世にまた返ってくるとの教えは禅宗の教えなのでしょうか?
・「菩薩願行文」のお話によって、真剣に生き抜いた者に、光明があらわれるという素晴らしいお話に貫道致しました。
・長い間お経に接して、色々な教えを受けましたが「菩薩願行文」は今回初めてでした。貴重なお話に感動しました。
・前業をほんとうに仏教では問いているのでしょうか。
・初めての椅子に腰掛けての坐禅体験。とても新鮮でした。短時間なのに雑念が心をよぎりましたが、静寂の中に身をおくことが出来、平常心をとりもどせました。カラスを助けられた体験。コアラのお話も興味深かったです。
・今の自分の置かれた境遇を諭されたような気持ちです。確かに複雑な時代なのかもしれませんが、そこにはそれ相応の理由があるのかなとも思いました。また、正眼寺の方にも伺いたいと思います。
・全てを愛する心、感動する心を持ち続けること。何物にも感動すること。普段ついつい持ってしまう怨みや憎しみ、そういうものが何故なのかということをつきつめていけば逆に感謝につながっていくだろう。
・いのちの世界を内側からお話ししていただき大変有難かったです。
・私はこの「菩薩願行文」を四十九日を迎える方の法要で読ませて頂いております。特に事件や事故で亡くなった方に。それは残された人に対してもお読みしています。何かを感じてくれたら良いなと思いながら。私も好きな経文です。
・菩薩願行文は初めて聞きましたがわかり易い解説に意味はおぼろげながら分かりました。しかし悪讐怨敵に耐え吾身の罪を消滅することは至難の業と思います。これも坐禅をする以外にないのでしょう。日曜の早朝坐禅に一層励んで体得したいと思います。有難うございました。
・感動であります。以前の臨済録は難しかったですが、今回はわかりやすくて助かりました。山川老大師のお話しもまた是非お願い致します。できれば日曜日にお願いします。
・禅のお話しは、なかなか分かりにくいことが多かったのですが、今回はとても分かりやすくてよかったと思います。時々この文章を読んでいきたいと思います。
・感動という言葉に感動しました。どんな小さなこと、今の状況、日々の生活にも感謝と感動を覚えるようにしたいと思います。老師様お二人のお話も、本質、根っこは一つかなと思いました。一所懸命、実践することを学ばせて頂きました。有難うございました。
・「坐禅」の意味を伺って、私がここに導かれたのはこのためだったとすとんと何かが落ちたように納得できました。いつでもどこでもいながらに心が静かであることができるように、これからも坐禅したいと思いました。有難うございました。


2月21日(土) 河野太通老師 法話会 特別企画

  

■講 師: 千坂 成也 (宮城県塩釜東園寺住職)
■講 師: 河野太通老師 (龍門寺大衆禅道場師家)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜

「法燈行脚〜開山さまの行履をたずねて」
「盤珪禅師仮名法語」

特別企画として、妙心寺開山・関山慧玄禅師の行履をたずね、鎌倉建長寺から京都妙心寺までの道のりを歩かれた、千坂成也師のお話もお聞きいたしました。
-----------感想
・不生で調うという盤珪禅師のお言葉は、すべてを捨ててこそ明徳が明らかになるという壮絶なことがあるように存じます。ひとりよがりであってはならぬという太通老師のお言葉に深く感銘を受けました。
・ずっとお会いしたいと思っていました。太通老師のお話しを聴く事ができ、とても幸せな時間でした。悩み多き毎日ですが、すべての物は空なるもの、いつなくなるかわからない物が存在するありがたさを、幸せに思い暮らしていこうと思いました。
・難しい禅の教えをわれわれ在家の信者のために出来るだけわかりやすく説明しようとされている老師の心遣いに感動いたしました。心に残る話はいくつかありますが、このことは私のっこ魯の中に一生残ると思われます。出来ますれば法話会の後に老師に質問する時間があれば嬉しいです。
・私たちが日常どれ程他者の評価、社会の評価(価値基準)のもとに生きているかということを思います。自分が生きている社会をわきまえることは大切ですが、これによってどれ程自分を縛っていることか。今日の老師のお話は、それに対して非常に示唆に富んだありがたいお話しでした。
・法話でいつも感じさせられますのは、出てくるお言葉や考え方、見方などに思いがけぬ物差しというか出会い発見がある。これが何とも新鮮で考えさせられることの多い二時間でした。
・一切の事は不生で調うという自覚を得るために盤珪禅師は相当厳しい修行をされたと思います。その様な厳しい修行を経ないと自覚できないのかと思うと、今の自分はそれに耐えられる気力体力はありません。あとは盤珪禅師のお言葉を「信ずる」ことによって、不生の仏心を自覚することが出来ると思いますが、この「信ずる」ということが、なかなか難しいことです。私としては坐禅を続けることによって、不生も見えてくると信じて坐禅に取り組みたいと思います。
・河野太通老師の法話は初めてうかがったので、必ずしも理解できたとは言えないが老師の法話を通してもっと禅や妙心寺の教えに触れたいと思った。また、生きて活動している有難さを感じました。日本文化の底に禅があることも教えられ意義深い法話でした。
・開山さまの行履をたずねた法燈行脚大変興味、実感を持たせて頂き意義深く思いました。
・老師の御声、お姿に接して直感的ですが丁寧に呼吸することを心がけたく思いました。
・不生の仏性・隻手音声・父母未生以前〜これらの全てが、始まる前の出会いの瞬間。何も予想せず何も引きずらす「そのもの」を空(から)の心に映す。その瞬間が始まりであり、かつ完結円成しているという事を丁寧に説明して頂きよくわかりました。


平成21年1月17日(土) 花園大学 禅・仏教講座
■講 師: 野口 善敬(花園大学国際禅学教授)
■講 師: 安永 祖堂(花園大学国際禅学教授)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「中国元代禅の特質」
「シッダールタを読む〜ヘルマン・ヘッセとインド仏教の出会い〜」

-------アンケート 野口 善敬師
・「中国元代禅の特質」で最後に残るのは名誉欲という事に大変衝撃を受けました。
・本来の禅とは厳しい現実社会を主体的に生き抜く逞しい物だと思いますが、時代背景もあるのでしょうが官刹の制度により私利私欲に走る「禅」に人間の本性(俗の意味で)の強さを思いました。
・中峰和尚座右銘を誦んでみたいと思いました。

-------アンケート安永 祖堂師
・異文化との対比でアプローチされて非常に面白く拝聴させて頂きました。
・外国人の眼で見るとは違った面から見るということで、理解が深まるコツだという事に納得いたしました。
・禅を英語で伝える難しさ。「不立文字」の禅は言葉すら超越するのかもしれません。
・人との出会いとともに言葉との出会いの必要性を感じました。


12月20日(土) 花園大学 禅・仏教講座
■講 師: 中尾 良信(花園大学国際禅学教授)
■講 師: 中島 志郎(花園大学国際禅学教授)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「曹洞宗の発展と魑魅魍魎」〜龍と狐と天狗様〜
「黄昏の良寛 〜詩と死〜」

-------アンケート 中尾 良信先生
・曹洞宗の発達史を聞法して、身近な心の支えの寺社の位置づけを知ることが出来ました。
・道元禅師の正法眼蔵が集団の教書か個人の教書かにより考え方が変わるという点大変面白かったです。
・話が面白くあっという間に終わってしまった。
・強大な教団の組織的教義などでなく個々の理解安心を重んじ、直に道元と対座を目指した。ただ、「任運騰々天真に任す」生き方は、誰しも憧れるが、現実には難しく、それら精神性の高い作品や生き方に学んで心が癒されました。
・日本の中で宗教が色々な形で混在し関わっている状況(精神基盤)にも思いが及びました。
・曹洞宗の民間信仰的救済が曹洞教団の発展を将来したことを学びました。
・寺の拡大経営の苦労を垣間見ました
・民間信仰のある日本のおおらかさは日本独自、地域性、土着性による物と思われます。日本の誇りでもあります。

-------アンケート 中島 志郎先生
・良寛の人となりを再認識させて頂きました。
・中島教授の思想的探求の真面目さに心を打たれました。全体を貫いていた「東洋的達観」の考え方は充分理解できておもしろかったです。
・良寛のセクト主義を排した思いが理解できました。
・良寛を通じて「東洋的達観」のお話を聞き、何も通じていない私にはとても良い案内を頂きました。「東洋的達観」「東洋的個」が現代社会の中でどの様な展開をするのだろうかと思います。今後に期待します。
・明示の学識者の多くが仏教を学ばず(信仰)知らず知らず欧米化に毒された(楽なほうに走った)。今こそ方向性の誤りに気づくべきだと思いました。
・今年、出雲崎の美術館にある品々を新宿住友ビルで展覧しました。良寛さんの筆の運びははかなく人となりが表れていました。先生のお話を聞いていて所々心に染み渡りました。


11月22日(土) 花園大学 禅・仏教講座
■講 師: 吉田 叡禮(花園大学国際禅学講師)
■講 師: 西尾 賢隆(花園大学国際禅学教授)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「禅と華厳思想」
「速伝宗販の機山玄公奠茶法語」

  

-------アンケート 吉田叡禮先生 「禅と華厳思想」
・「華厳思想」に初めて触れたのですが、禅を実践する上では興味を惹かれる学問だと思いました。様々な角度から禅・仏教を学ぶ機会を与えて頂き感謝しています。
・禅の教理としての華厳思想、目の覚める講話でした。伝教大師が南仏宗(特に東大寺)と戒壇の新設にご苦労されたことなどがこれまでの自分としての華厳思想観にありましたが、払拭されました。
・華厳に興味がありホームページで情報を得ました。吉田先生のお話で大まかな歴史と概要が理解できました。非常に駆け足でしたので、もっと長くゆっくりお聞きできると良かったと思いますが、とても解りやすかったと思います。口語全訳の「華厳経」を先日手に入れたところです。経典の解説を是非またの機会を期待しております。
・華厳思想の成り立ち、背景がとても興味深かったです。「禅を理論で説明すれば華厳思想になる」という言葉が印象深かったです。ご紹介頂いた「華厳入門」を読んでみたいなと感じました。事事無碍は分かった様なわからないような不思議な感覚でした。
・華厳思想を初歩から学びたいという気持ちを強くもちました。非常に興味深く拝聴いたしました。
・「華厳思想と禅」大変興味深くさらに詳しく知りたくなりました。矛盾・対立が円に溶け合う世界になった時が華厳でいう事事無碍法で禅宗の老師方が頭で悟っても役に立たないといっておられるように、事事無碍も同じような物なのでしょうか。
・本来はとても難しい内容だと思いますが簡潔にご説明頂き少しはわかったような気になりました。禅と華厳思想とは密接な関係があると知ってはいましたが、それがどのようなものかは分からなかったのですが、今日のお話で何となくイメージがつかめました。配られた年表も流れがつかめやすく良かったです。

-------アンケート 西尾賢隆先生 「速伝宗販の機山玄公奠茶法語」
・信玄公葬儀の法語は一つの法語の中に沢山の出典があることに大変驚きました。読み解くといういことは膨大な知識が必要なのだとわかりました。
・非常に密度の濃い内容でついていくのが大変でした。奠茶法語を通じて歴史的事実に迫る、あるいはより明確にしていくというアプローチの方法が面白かったです。武将と禅の関係にも改めて興味を持ちました。難しい講座でしたが、禅語がその時代にどの様に活用されたのか、より深い世界に触れられました。


10月31日(金)〜11月2日 【 特別企画 鹿野山国際禅道場大接心会  】

10月11日(土) 河野太通老師 法話会
■講 師: 河野太通老師 (龍門寺大衆禅道場師家、住職)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
-------河野太通老師 法話会感想
・大変すばらしい悟りの法話有難うございました。不生の意味を詳しく解説して頂きました。ユーモアを交えた法話誠に素晴らしかったです。
・気持ちが軽くなりました。また話を伺いたいと思います。有難うございました。
・何度も聞く人はより一層、また新しく聞く人はわかり易いようにと、盤珪禅師は「不生禅」を繰り返し説かれたそうですが、現代の太通老師の法話も繰り返し伺いたいと存じます。
・盤珪禅師の「不生禅」は「公案禅」に比べてわかり易くどんどん頭に入ってきました。「ただ仏心のままで居て」「常住不生の仏心で居る」という言葉に正念相続を思いました。有難うございました。
・河野太通老師の御人柄のおかげでしょうか、「不生仏心」の法話は時が短く感じられました。
・この法話は初めてですが、真に聞法そのもの。感動いたしました。
・自在に洒脱な法話楽しく拝聴いたしました。
・今の私にはお話のありがたさをよく理解できておりませんが、次回も参加しますので、その時もう少し理解が進んでいたら良いなと思っております。
・同じ事を繰り返して実践することの大切さを感じました。
・法話の裏に歴史的な?がりがあって、ロマンのような物を感じ盤珪禅師が身近に感じられました。

9月6日(木) 【 科学と仏教の接点 】
■講 演: 藤田 一郎(大阪大学大学院・脳認知科学者)
■講 演: 佐々木 閑(花園大学・仏教学者)

■開 催: 東京大学駒場キャンパス 数理科学研究棟・大講義室 14:00〜

会場収容人数いっぱいの250名が来場され、盛況の様相となりました。時間の関係上、残念ながら議論半ばとなってしまいましたが、講演が終わってみると、佐々木閑・藤田一郎両先生に質問される方々の長蛇の列!来場者の関心の高さが伝わる講演会となりました。参考までに講演を受けた方々の感想を紹介させて頂きます。


7月21日(月祝日) 正眼短期大学東京セミナー
■講 師: 田邊 祥二 (NHK心の時代 ディレクター・プロデューサー)
■講 師: 山川 宗玄 (正眼短期大学学長)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「万法一に帰す」
「白隠禅師坐禅和讃」

    

-------アンケート 田邊祥二先生 「万法一に帰す」
・人間存在が煩悩である。解脱と煩悩を一元的にとらえる。仏教の根本原理である無常を体験から教えられました。
・今の環境を受け入れる事が出来ない。他人の行動(負の行い)が気になって仕方がないところに自分の力不足を感じました。
・人間はどんな環境、困難な事態になっても、強く生き抜いていくことが大切。平等が必ずしも良いことではない。
・「今ここが一番大事な場所である」とお教えいただきました。お話のように目の前のことから逃げないでしっかりと受けとめるように努力したいと思います。
・解脱を最終目標とする見方は行き詰る。看破された先生の迫真さと現在を生き抜く禅定力の必要性を丁寧にご教示していただきました。
・修行だけでなく、実社会での経験のある先生のお話は説得力があり同感いたしました。
・今、現在を一生懸命に生きることが大事なことなのだと思いました。
・悟りの境地とは煩悩の消えた特別な世界と思っていましたが、煩悩はいつでもあり、それに執着しないのが悟りの境地だとわかりました。
・今、自分の課題に逃げず、それを受け入れていく力こそが大切だと実感しました。また最後の全てが無常であるというお話も印象的でした。
・「運命を受用する力」そうありたいと思いますが、エゴが邪魔をしてなかなか対応出来ない自分を見つめることが出来ました。
・宇宙の物はすべて「一つ」だという話、自他を離れることは全てに優しくなることだと。そのことに取り組んでいきたいと思います。
・辛い事も悲しい事も「全て受け入れる」というのが今の自分にとって必要であると実感しました。
・悟りとは煩悩を腹におさめて生きる力を引き出す力だとおっしゃったことが禅を身近に感じるきっかけとなりました。
・先生は冒頭で一がわかれば自分が何者であるかがわかるとおっしゃっていましたが、「今」一如になっていることを信じ決定する大切さを改めて感じました。
・煩悩、解脱などが相対的に存在するのではない。人間存在のあり方そのもの、実社会の矛盾(不平等・差別など)の受容こそが肝要と理解しました。

-------アンケート 山川宗玄老師 「白隠禅師坐禅和讃」
・白隠禅師の生涯・思想を分かり易く説いて頂き勉強になりました。
・禅は見るものといわれておりますが、お話もさることながら、老師の立ち居振る舞い拝見して感激致しました。
・ユーモアも交えてのお話は解りやすかったです。坐禅和讃「闇路に闇路を踏み沿えて〜」苦・楽の連続、人生そんなものだと腹を据えて生きていこうと思います。
・仏を海の水。個人をボトルに入った水に例えた話が面白かったです。また、羊に育てられたライオンの話から仏に生まれたのだから仏に生きればいいという話も印象的でした。
・自己が仏であることを自覚し、なりきる、三昧になる。全力でやることの大切さを感じました。
・〜衆生本来仏なり、で始まる和讃のお話、獅子吼のお話、そして衆生である人間は人間であることに全精力を尽くすことで仏になるーそれが(坐)禅であるというお話。大変有難く拝聴いたしました。
・三昧とは悪趣のなくなること。「苦しい人生逃げ出さずにそこを一歩一歩耐えて乗り切る。その道を真っ直ぐに歩けば良い。」という言葉が心に残りました。


6月7日(土) 河野太通老師 法話会
■講 師: 河野太通老師 (龍門寺大衆禅道場師家、住職)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
-------河野太通老師 法話会感想
・不生の仏心についての解説は分かり易く心に染み入るようでした。次回も是非出席したいと思います。
・不生についてこれからも考えて行きたいと思います。少しづつですが、理解できそうなきもしてきます。更に御法話を頂きたいと思います。何回も御老師のお話を伺うことで、少しづつでも納得がいく水準に到れるものと思えるようになりました。
・「仏心は不生にして霊妙なる我が仏心に極まった」このお言葉に感銘をうけました。御老師の法話はとても楽しいものでした。次回を鶴首しています。ありがとうございました。
・盤珪禅師の「不生の決定」「不生の証拠」のお話は感銘深いものであった。しかし自分の様に在家の者にとって仏法の大意を頭の中の理解だけではなく、いかにして決定しえるのかまた不生の証拠が得られるのかが自分の現在の大疑団であります。
・「不生の心」とは「下敷きの無い心(応無所住而生其心)」である。すなわち前回の「空」のこととはさらに理解しやすいおはなしであった。これは「我は我ならずして我あり」との自分の座右の銘を裏づけられた思いであります。
・聴衆の質問に第一項と同じものがありました。老師の答えの中で「自分の心の働きのなかで不生の仏心を見つめる」ことを盤珪禅師は指導されたようだとあったのは私にとり極めて貴重なお話でありました。第二項を日々の行いの中で決定し、証拠を得たい。
・「下敷きの無い心を見ていく」ということ、分別しないできづくという事でしょうか、こころがけていきたいと思います。難しそうですが。
・本日は有難うございました。不生という事が少しは解ったきがします。(不生の心でわかったのかもしれませんが?)とても感動しました。「不生に学ぶ」この一言を忘れずに生きようと思います。全てのことを「不生に・・・する」です。
・「不生」といわれることがどうしても解らなくて閉口してしまいました。おかげさまで何とか緒口がつかめたような気がします。心よりお礼もうしあげます。
・本日印象に残った言葉は下記です。貴重な時間を有難うございました。「不生の心は下敷きのない心、無心の心の心誤魔化さない心」
・本日初めて太通老師の御法話を拝聴いたしました。ほんとうに盤珪禅師に投魂されていらっしゃるのだなぁと、感動いたして、楽しかったです。複雑怪奇な、現代社会に生きざるを得ない私たちは、まさに、不生、空の如くに軽く鳥のように,花の様に生きてゆけたらいいな、と想像いたしたことです。嬉しい時間を頂き誠に有難うございました。合掌。
・今日初めて参加させて頂きましたが、大変わかりやすい御法話で有難うございました。我が家は雲龍寺御住職の御世話により光林寺に墓地を得ましたので大変な印象を感じます。次回を楽しみにしています。目下岩波文庫を読んでいますが、本日のような解説をしていただくと大変有難いことです。質疑応答の時間が多かったのも良かったと思います。
・不生禅が多くの人たちに受け入れられたことは、不生が特に努力しないで一切が整うこととは裏腹にシステムとして法を伝えていく手段が弱かったきしました。やはり、道具(公案等の)は必要だったのではないでしょうか?
・「一本の花を差し出すと弟子の一人が微笑んだ」について何回も知る機会があったが、理由が良く解りませんでした。本日のお話のおかげで、こう理解しました。まっさらな心であれば、真を得ることが出来る。法話中だとかetc雑念にとらわれていると見える物も見えないということでしょう。
・盤珪禅師の素晴らしさが少しわかったような気がします。今でも盤珪禅師の言葉が使われているのはその言葉教えが本物であるという証拠だと思います。ありがとうございました。
・不生の心がいつも見えるように下敷きのない心で生きてゆきたい。
・色々な質問があって、その答え(老師様の)からも、新たに学んだことがありました。回を重ねていくうちに、充実してきたと思います。
・以前から気になっていた盤珪禅師の「不生」に近づけた考えさせられる機会に感謝いたします。
・「不生」につきまして、生まれた時のこと、並びに内容について詳しくうかがえて大変面白く聞かせて頂きました。

5月31日(土) 花園大学 禅・仏教講座
■講 師: 阿部 浩三 (花園大学学長)
■講 師: 芳井 敬郎 (花園大学副学長)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
「倩女離魂 〜那箇か是れ真底〜」
「春・年中行事の本質」

-------アンケート 阿部 浩三先生
・大変有難いお話でしたが、心の主体性・分別・相対をはなれた世界でしょうか、一番心に残ったのは、究極は大慈悲心をもたねばと、独善ではなく・・・
・己事究明をこうした角度(多くの視点)で改めて考えさせられるなんとも貴重な一時間半でした。
・難しくてよく解りませんでした。 
・謙虚で温厚な老大師のお話に心より感謝申し上げます。
・自分と自分の周りの関係は、自分をしっかりと確認する事で、見えてくるような気分になりました
・阿部老大師のお話は感銘しました。無門関を現代的生活に訳していただけることはありがたいです 。古文を現代におろしてはなしていただけたことに感激しました。とてもわかりやすい老師の話でした。真実を伝えていただきました。
・阿部学長の話はとても現代人の私に易しく語り掛け、禅語の話が少しづつわかるような気がしました。
・夢が広がるかんじです。ありがとうございます。生命 身 心(意)のコピーの時代にどう立ち向かうか、考える時代に私は亡くなっていると幸いだが、間違ってもし生きていたらこの問題は心を決 めておかなければいけないと思いました。
・「心の持ち方」について「那箇か〜」を例にひきながら、非常にわかりやすくお話して頂きまして、大変参考になりました。ありがとうございました。
・御忙しい中、はるばる東京へおみえになってくださってありがとうございました。ボンカレーの話は、ほんと人事とは思えませんし、私にも同じことが言えました。自分と人と違う趣味嗜好が違うように、コミュニケーションが大事ですし、それでも上手くいくこともあると思えます。それをどう活かすか(それを、どの場面で脳の記憶を引き出すか得ておく)

-------アンケート 芳井敬郎先生
・何気なく迎えている年中行事を民俗学の御立場から解説して頂き、大変勉強になりました。また独自の見解?など学問的立場も平易に伺うことができました。
・年中行事に表れる民間信仰、無限の生命に囲まれたがゆえの神仏精霊への怖れ願がこの様に絡み合っているのか、の驚きでした。これは対して、生命のごく少ない砂漠に住む人々の発想との違いも考えねば、と思いました。
・年中行事の話は先人がどのような思いで生活していたのかがわかりたのしかった。
御祭りの話、神事の話し、食事の意味をユーモアたっぷりに分かり易くお話いただきました。有難 うございました。
・京都の行事、古来より日本で行われている行事の由来、意味を知る事が出来て面白かったです。
・大変面白い話を頂き神仏混合の日本の信仰の歴史が少しわかりました。でも我が家の真宗でありな がら神棚があります。
・食文化とのからみで「正月は食べる喜びがあり、それこそが人間本来の物」というお話が、飲食の時代といわれながら、一転食糧危機に見舞われそうな私たち日本人があらためて思い出すべきこととして印象的でした。
・とても分かり易くユーモアがあって、また聞いて日本人のアイデンティティを深めたい。


5月1日(木) 【 白隠フォーラムin松島 】
■講 演: 玄侑宗久(作家・妙心寺派福聚寺住職) 芳澤勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)
■パネルディスカション: 島尾新(多摩美術大学教授) 山下裕二(明治学院大学教授)

■開 催:松島 瑞巌寺 大書院
  
花園大学国際禅学研究所主催による白隠フォーラムが、松島 瑞巌寺大書院で開かれました。
4月12日(土) 河野太通老師 法話会
■講 師: 河野太通老師 (龍門寺大衆禅道場師家、住職)
■開 催: 世田谷 龍雲寺 14:00〜
-------河野太通老師 法話会感想
・盤珪禅師は遠い人物のように思っていました。不生の仏心=本当の自分を発見し、一筋に生きたいと思いました。
・「不生なが一切の本、不生なが一切の始めでござる」から「色即是空、空即是色」が具体的に判ってきたように思います。
・不生の仏心は赤ん坊の心とおなじである事が分かりました。
・「不生の心」を持って世俗に対処するに当たって、老師は「はからいのない心で追求すれば良いのではないか」といわれたことに全く同感でありました。
・「私は、私なくして、私である」との考えが間違いではなかったことに自信を持ちました。
・思い悩む日々ですが、なるべく不生の心を持ち心安らかになれるようになりたいと思います。
・「一念不生=空観」であることが良く理解できました。
・困難は元の不生の仏心に戻れば良い。戻る所があることに気がつきました。
・なかなか不生の仏心を決定することができませんが、自分としては坐禅を通じて決定するように努力していきたいと思っています。
・不生の仏心をどうやって自覚してゆけるか、日々修行と思いました。あっという間の時間でした。
・苦しい時に出会ったら、不生の仏心という事を自分の中に蘇るように、不生の仏心を根本(自分の心の)とする生き方をしてみようと思いました。


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